中野英治

研究ノート

内田吐夢と『警察官』――成立と背景について

日活の労働争議を契機に日活を退社した内田吐夢は、「新映画社」の設立に参加する。しかし、わずか1年あまりで新映画社は解散。その後、新興キネマに吸収される形で移籍し、入社第1作として手がけた作品が『警察官』である。1933年は、映画を国民教育や対外宣伝に活用しようとする「映画国策」が具体化しはじめた時期にあたり、本作はその理念を実践する試みであった。映画国策の理念を具体化するという、いわば大役ともいうべき作品の監督を任された内田吐夢は、この国家的な理念をいかに表現するかという課題に直面した。「私は、その最後的な根本問題、即ち、如何にして「警察精神天皇に仕える官吏として国家・国民に奉仕し、私情や党派的利害に左右されることなく、公正に職務を遂行する警察官の使命意識を指す。1930年代前半には「警察精神作興運動」が推進され、その涵養が図られた。」を映画の上に再現させるかと云ふことに直面して、かなりの期間を模索しました。警察の大精神を、短日月間に理解しやうとすることが、すでに無理なのである。遂に私は理解し尽さうとすることを断念して、「人間警察官」を描き出すことに依つて、「警察精神」を描き出さう、と...
研究ノート

『霧笛』鑑賞記~村田実と中野英治、そして志賀暁子~

12月23日、神戸映画資料館にて念願の村田実監督『霧笛』(1934)を鑑賞した。明治期の外人居留地を舞台に、異人のクウパー(菅井一郎)のもとで下男として働く元スリの千代吉(中野英治)は、喧嘩の強さから地元のやくざを取り仕切る豚常(村田宏寿)に目をつけられる。千代吉は豚常の縄張りのチャブ屋でらしゃめんのお花(志賀暁子)と出会い惹かれ合うが、お花がクウパーの愛人であることを知り、やがてお花をめぐって千代吉とクウパーは対決する。ざっと筋書きを紹介した通り、登場人物の関係性において中心となっているのは千代吉とクウパー、千代吉とお花ではあるが、千代吉に因縁をつけて喧嘩を挑む地元のやくざ、代官坂の富(小坂信夫)の存在も忘れがたい。千代吉との喧嘩に負け、弟分となって千代吉の危機を救おうとする富は、劇中の台詞いわく「ぽかぽかやって」勝てば男同士のヒエラルキーが決まる単純さが見ていて一種の心地よさがあった。本作の主眼はお花をめぐる三角関係というよりも、千代吉のクウパーに対する感情の変化である。クウパーの下男として忠実に働き、クウパーの癖さえ身につくほどになった千代吉が、お花の相手がクウパーだったと知るに...
研究ノート

入江たか子をめぐる五人の男

入江たか子(1957)『映画女優』学風書院入江たか子は1927年のデビューから一躍スターの座に上り詰めた。華族のお姫様という話題性はマスコミの注目を集めたが、当時の東坊城家は没落貴族でありひたすら家族を養うために選んだ女優という道だった。本作は貧困、失恋、結婚の失敗、病気、そしてスターの座からの転落をつづった入江たか子の半生記である。描かれる映画界の内幕も庶民が抱く華やかなイメージとは程遠く、俳優の女性関係や映画会社の策謀で占められている。入江はその持ち前の美貌で多くの映画人を虜にしたが、彼女を取り巻く男たちの中でも特に際立つ5人を紹介しておく。東坊城恭長入江たか子の兄、東坊城恭長が映画界入りしたのは1924年のこと。同じ華族だった小笠原明峰主宰の小笠原プロを手伝っていたのがきっかけで日活に入社する。東坊城家は父であり当主の徳長の死去と、それに引き続く関東大震災の被害により生活苦に陥っており、残された3人の兄が母と弟妹を養わなければならなかった。恭長の映画界入りは華族出身だからなのか高額の月給で、そのため恭長には「身売り」の意識が多分にあったようである。子爵の御曹司が活動役者になったと...